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名古屋地方裁判所豊橋支部 平成6年(ワ)45号 判決

原告

株式会社日健総本社

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

中吉章一郎

服部一郎

花井増實

鈴木良明

萱垣建

田中嘉之

被告

有限会社愛康

右代表者代表取締役

松村アイコ

右訴訟代理人弁護士

伊藤保信

中島敏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、文書又は口頭で、(1)原告及び原告代表者を誹謗したり、原告が製造販売する別紙一物件目録記載の物件について商品名、原材料名等を表示して誹謗したり、(2)右物件が発売元マイクロアルジェコーポレーション株式会社の「禅ZEN」及び「シオンZION」に比べ品質が劣るがごときことを需要者その他取引関係者に陳述したり、流布してはならない。

二  被告は、原告に対し、金一一〇〇万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、健康食品の販売業を営む会社である原告において、社内紛争が生じ、原告の販売に関与していた研究者や取締役が原告商品と類似する健康食品販売を業とする新会社を設立したところ、原告は、原告の販売店であった被告が、原告から離反して右新会社の傘下に入る際、原告を誹謗し、原告商品よりも右新会社の商品が優れているかのような広告等を用いたことは不正競争防止法(平成五年法律第四七号による全部改正前)一条一項六号(同改正後の不正競争防止法二条一項一一号)の営業誹謗行為及び民法七〇九条の不法行為に該当すると主張し、被告に対し、営業誹謗行為の差止め及び損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、健康食品の製造販売等を業とする昭和五〇年九月二七日に設立された株式会社であり、微細藻類(マイクロアルジェ)の生産及びこれを応用した食品、化粧品、飼料の製造販売を行っている者である。

(二) 原告においては、全国に「販社」と呼ばれる販売組織を創設し、その下部に「特約店」と呼ばれる販売店を、そのまた下部に「普及店」と呼ばれる最小単位の販売店を置き、製品の販売、普及活動を行っていた。原告製品は、原則として、原告から販社へ、販社から特約店へ、特約店から普及店へと、順次、それぞれ卸売りがなされ、最後に普及店から各ユーザーに販売されていた。

(三) 被告は、平成四年四月一日に設立された食品の販売等を業とする有限会社で、原告の販社の一つである名古屋クロスタニン販売株式会社(以下、「名古屋販社」という)に属する原告の特約店であったが、原告及び右販社に従わず他社製品を取り扱うようになった者である。

2  原告の「クロスタニン」などの製造販売

原告は、昭和五〇年から「クロスタニン」の製造販売を始め、その後改良し、昭和六〇年から別紙一物件目録記載の物件(1)「クロスタニンゴールド」を製造販売し、また同(2)「ドナリエラ」を昭和六三年から製造販売している。

3  新会社の設立

原告の従業員であった竹中裕行、澤田収、柳瀬敏郎、三島英利らは、平成五年八月二〇日頃に原告を退職したが、同人らは在職中にマイクロアルジェコーポレーション株式会社(以下、「マック(MAC)」という)を設立し、同月五日設立登記がなされた。

4  被告は、原告とマック(MAC)のいずれの側の特約店になるかについて検討し、マック(MAC)の側につくこととなった。

二  争点

1  被告の行為の違法性

(一) 原告の主張

(1) 被告は、以下のような行為を行った。

ア 「すべてはこの一枚の紙切れから始まった」と題する書面(別紙二1、甲四の一)及び被告名義の「普及店各位」と題する文書(別紙二2、甲四の二)を、被告が主催する傘下販売組織を集めた勉強会又は「説明会」(平成五年八月二八日その他二回)で、参加者に五、六〇枚配付した。

イ 被告名義の「より素晴らしくなって登場!『マイクロアルジェ・禅』&『マイクロアルジェ・シオン』」と題する文書(別紙二3、甲五)を、平成五年一〇月終わりか同年一一月初め頃、被告傘下販売組織に五、六〇枚配付した。

ウ 「甲野社長女性にほけて大変です、私たちは新会社に変えました、説明させて頂きたいと思いますので又お電話します、クロスタニンは今までどおり必要な方にはやります」と封筒の裏に書いた手紙文(別紙二4の1、甲六の二)を添えて、被告名義の「普及店各位」と題する文書(別紙二4の2、甲六の三)及び「私達は、今までと何も変わりません。」と題する文書(別紙二4の3、甲六の四)を被告傘下の新城市の普及店(原田大司)に配付した。

エ 「いつもお世話になります」という文言から始まる文書(別紙二5、甲七の一)及び「リノール酸は必須脂肪酸だが、過剰摂取は逆効果。」と題する文書の右側に「クロスタニンの油」と手書きしたもの(別紙二6、甲七の四)を被告傘下の普及店数名(田中スミ子その他)に配付した。

オ 雑誌「UTAN」一九九三年(一九九四年の誤りと思われる)三月号の「動物性脂肪を見直そう」との特集記事の一一五頁と一一七頁の各コピーに「クロスタニン」と手書きしたもの(別紙二7、甲二一の二)及び「リノール酸は必須脂肪酸だが、過剰摂取は逆効果。」と題する文書の中ほどに「クロスタニン」と手書きしたもの(別紙二8、甲二一の三)を被告グループに所属する普及店(小林芳雄)に配付した。右記事及び文書の内容は、植物性脂肪のリノール酸を多く含むベニバナ油やサフラワー油の文字の付近に、原告の商品名「クロスタニン」の文字が赤字で書き加えられているため、読者をして、あたかも原告商品の成分に問題があるかのごとき誤解を生じさせ、原告商品を誹謗している。

(2) 被告代表者は以下のような行為を行った。

マック(MAC)が設立される直前の平成五年六月初め頃以降、被告代表者自ら、「日健グループ労働組合」の組合員らの原告に対する種々の攪乱行為に荷担し、原告の販売組織に属する者多数に電話し、当時原告専務取締役後藤一俊(以下、「後藤専務」という)や「日健グループ労働組合」の言動を擁護する発言をした。

被告代表者は、平成五年六月一四日、株式会社クロスタニン福岡(販社)傘下の特約店門見ハナエに電話をかけ、「九州の人は社長側であろうけれども、名古屋は専務側についている人も多い。後藤専務がいないと日健はつぶれる」などと述べた。

被告代表者は、右同日、株式会社クロスタニン福岡の名倉販社長にも電話をかけ、右門見ハナエに対する電話と同様のことを述べた。

(3) 被告の前記(1)アないしオ記載の各文書配付行為、被告代表者の(2)記載の行為は、競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布したものであって不正競争防止法所定の営業誹謗行為に該当するとともに、民法七〇九条の不法行為を構成する。

(二) 被告の主張

(1) 被告が前記(一)(1)ア、イ、エ記載の各文書自体を配付したこと及び前記(一)(1)ウ記載の文書を原田大司の留守ポストに玄関先で書いて入れた事実は認めるが、その余は否認する。

各文書の記載内容は真実のものであって、虚偽の事実を記載したものでは全くない。

(2) 原告は従業員に対して時間外手当を支給しないなどの違法行為を長年月にわたって継続しており、従業員と接触する機会の多い被告代表者が組合員の活動に理解を示すことは当然のことである。

(3) 原告が主張する前記(一)(1)、(2)記載の各行為は、いずれも不正競争防止法所定の営業誹謗行為に該当しない。被告が配付した各文書はいずれも原告の営業上の信用を害する文書ではなく、また真実しか記載していないものであり、それぞれ正当な目的のため作成、配付された妥当な内容の文章であり、営業妨害行為には一切該当しない。また、実質上原告の営業活動の中心にいた後藤専務が解任された場合、原告の営業活動、ひいては傘下普及店の活動に支障を生ずると考えた被告代表者が、後藤専務を擁護する発言をしたことは何ら異とすべきことではない。被告代表者が原告の組合や後藤専務を擁護した発言を行ったことをもって、その片言隻句をとらえて、原告の信用・名誉を毀損したと主張する原告の主張は失当である。

2  損害等

(一) 原告の主張

(1) 差止め

被告は営業誹謗行為を繰り返し行ってきたものであり、これからも行う虞があるから、原告は第一請求欄一項記載のとおり、その差止めを求める必要性がある。

(2) 損害額

ア いわゆる無形損害

金一〇〇〇万円

被告は、虚偽の事実を流布することにより、原告の営業上の信用・名誉を毀損し、特約店、普及店及び一般消費者に対し、あたかも原告製品がマック(MAC)製品より劣るかのごとく誤認させ、原告製品の信用ないしイメージを毀損し、また、グループ企業を含め年商二〇〇億円の会社であり、健康食品業界における雄たる地位を占めてきた会社である原告について、従業員の大量退社によりあたかも原告が倒産の危機状態にあるかのごとく誤認させ、原告の営業上の信用・名誉を毀損した。原告は、被告の営業誹謗行為により原告の営業上の信用・名誉が毀損されたこと自体をもって損害(いわゆる無形損害)と主張するものである。

原告の被った無形損害は、少なくとも金一〇〇〇万円を下らない。

イ 弁護士費用 金一〇〇万円

ウ 合計 金一一〇〇万円

(二) 被告の主張

(1) 差止請求については争う。

(2) 原告主張の損害についてはすべて否認し、争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告の行為の違法性)について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲四の一ないし四、甲五、甲六の一ないし四、甲七の一ないし五、甲二二、甲二三の一ないし二六、乙一、乙二の一、乙二の二、乙五の一、乙五の八、被告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告組織内部において、従前、後藤専務は、原告代表者甲野太郎(以下、「甲野社長」という)の信頼を得て、食品事業部の統括という最高責任者の職に就いており、販社等の販売組織に対しても強い影響力を行使していた。

(二) ところが、後藤専務は、専断的行為を行ったかどで、甲野社長の不快を買うところとなり、平成五年五月一七日、事業部統括の職を免ぜられ、原告の子会社である日健製薬工業株式会社(以下、「日健製薬」という)副社長に任命されるなどの人事異動をさせられることとなった。

(三) 後藤専務は前記人事異動を左遷と受け取り、激怒し、甲野社長に反目するようになり、平成五年六月一日、後藤及び同人を支持する者ら総勢約六〇名で「日健グループ労働組合」(以下、「労組」という)を発足させ、原告初の労働組合を結成するなどの行為に及んだ。

(四) これに対抗して、甲野社長は、同月七日開催された株主総会において、後藤専務の取締役の職務を解任したが、後藤専務は、右取締役解任決議の無効確認訴訟を起こすなどして防戦し、対立は激化していった。

(五) 甲野社長と後藤専務はこのように対立していたが、同月一八日、甲野社長(原告)と後藤専務との間で和解が成立し、原告が、後藤専務に対し、役員退職金及び功労金合計金一億五〇〇〇万円を支払うこととし、他方、後藤専務は、原告取締役の解任を承諾し、日健製薬取締役も辞し、原告から退陣するという方向で、事態は収拾することとなった。そして、同月二六日、後藤専務は原告を退職した。

(六) ところが、同年八月五日、後藤専務を支持していた食品事業部の柳瀬敏郎、傍島邦彦、倉畑規之、竹下達也、柴田幸男及び労組執行部の者らは、原告ないし甲野社長に見切りをつけて、新会社マック(MAC)を設立し、同月二〇日に、原告を退職した。

(七) 新会社マック(MAC)は、原告と同様に、微細藻類(マイクロアルジェ)を原料とした健康食品の販売及び化粧品等の製造販売を目的とする会社であり、原告製品に類似の微細藻類クロレラの原末等を内容物とする製品「マイクロアルジェ・禅」(以下、「禅」という)、微細藻類デュナリエラの原末を内容物とする製品「マイクロアルジェ・シオン」(以下、「シオン」という)を開発し、その販売を開始した。

(八) これを契機として、原告の販売活動の一翼を担う特約店の間でも甲野社長を支持するグループとそうでないグループとで分裂が生じ、原告から離反し、新会社マック(MAC)を支持する店が出現した。

(九) 原告は、このような事態に及んで、原告傘下の特約店、普及店が原告から離反しないように、平成五年八月下旬頃、「御報告とお知らせ」と題する書面(乙五の一)を右特約店や普及店に送付し、新会社設立に参画した者の行動を非難するとともに、同人らの言動には左右されることのないよう注意を呼びかけるなどした。

(一〇) 被告代表者の村松アイコ(以下、「村松」という)は、昭和五八年九月から、当初は個人で原告の販売組織である名古屋販社傘下の普及店となり、翌五九年三月からは右特約店として、平成四年四月一日には有限会社を設立して、原告製品の営業、普及活動をしていたものであるところ、相当の売上げがあって全国の特約店の中でもトップクラスの成績であり毎年のように表彰を受けていた。ところが、甲野社長と後藤専務の前記内部抗争を契機として、甲野社長への信頼を失くしていった。

また、原告代表者の女性問題も原告社内、被告ら特約店、普及店で噂となっていた。

(一一) そして、村松は、平成五年八月頃、村松の娘婿に当たり、かつ原告の従業員で、前記労組の役員にもなっていた三島英利が原告を辞し、新会社を作ってそこに参加するという話を聞き、さらに、同月二四日頃、知人の上野某から勧められたこともあって、新会社マック(MAC)を支持することに決めた。

(一二) 同年八月下旬頃、被告傘下の普及店に、前記のとおり「御報告とお知らせ」と題する書面が配布され、右普及店から被告に対して問い合わせが殺到したので、被告は、同月二八日頃、傘下の普及店を集めて会議を開き、別紙二1(甲四の一)の書面を参加者五、六〇人に配付し、原告の甲野社長による体制を批判し、新会社を擁護する説明を行った。そして、別紙二1(甲四の一)の書面には、被告代表者の息子により、次のようなコメントが加筆されていた。

(1) 「信頼を根底から崩した甲野社長!」

(2) 「『日健総本社は私のものではなくみなさんのものだ』というのはウソ!『ぜんぶワシのもんじゃ』がホント!」

(3) 「『組織人 甲野太郎』聞いてあきれる!日健の組織は愛飲者が一番上!我々は常に人の下に自分を置く。特約店・普及店・会員のことは甲野社長は考えていない!」

(4) 「みやげも接待もワシだけがもらう権利がある!他のやつらに渡すな。ワシによこせ!→人格を疑う!」

(5) 「どうも甲野太郎氏のすぢ道(すじ道)というのは今まで我々が信じてきた道ではないらしい。我々の信じてきた誇り高き共同体思想は甲野氏の心にはそのかけらもなかったようだ。」

(6) 「岐阜の販社中京本部の乙川花子社長は甲野氏の愛人らしく、中京本部は全国の販社の中でも特別待遇されている」

(7) 「日健総本社は現在社員の約2/3が退職してしまい、総務・経理などの人しか残っていない。研究室のチーフであった竹中博士も退社し、すでに研究室では研究もすすんでいない。残りの研究員も近く退社予定。」

(8) 「日健総本社、甲野社長は私達が信頼していた人ではなくなってしまいました。」

また、被告は原告の製品もマック(MAC)の製品も同じように扱いたいという考えを説明した。

同年九月四日頃、マック(MAC)のクロレラ製品の「禅」が被告に入荷し、被告代表者の家族と被告傘下の五、六の普及店が飲用するようになった。

そうこうするうち、名古屋販社が「禅」を入手してこれを女性事務員に飲ませたら下痢をしたとか、「禅」は本物ではなく、大腸菌が入っているとか、どこで作っているのか分からないなどというようなことが被告に伝わってきた。

そこで、被告は、平成五年九月半ば頃、普及店に対する「禅」と「シオン」の説明会を開催した。ここで、「MAC(マイクロ・アルジェコーポレーション)」と題する書名(甲四の三)を参加者に対し五〇枚くらい配付したが、右書面にはマック(MAC)製品の「禅」と「シオン」を原告製品の「クロスタニンゴールド」と「ドナリエラ」とそれぞれ対比するように記載されていた。

(一三) 平成五年一〇月一日頃、原告の名古屋販社は、被告がマック(MAC)製品を取り扱ったことにより、被告に対し、原告の特約店たる地位を喪失させ、被告傘下の普及店にも被告が原告の特約店の地位を喪失したことを知らせる書面(乙五の八)を送付した。

(一四) これに対抗し、被告は、「普及店各位」と題する書面(別紙二2、甲四の二)と、「私達は今までと何も変わりません。」と題する書面(甲四の四)をそれぞれ五、六〇枚作成し、被告傘下の普及店に送付した。

「普及店各位」と題する書面(別紙二2、甲四の二)には、「最近皆さんの所に(株)日健総本社の若い社員さんが、わざわざ岐阜羽島から出向いて一件一件訪問されているようです。」、「基本的には、後藤一俊(元日健総本社専務)氏とマイクロアルジェコーポレーション(MAC)の悪口を言い、皆さんを混乱させる為だそうです。」などの内容が書かれていた。

(一五) また、被告は、平成五年一〇月終わり頃か一一月初め頃、「より素晴らしくなって登場!『マイクロアルジェ・禅』&『マイクロアルジェ・シオン』」と題する書面(別紙二3、甲五)を五、六〇枚作成し、傘下の普及店に配付した。

右書面には、「これまで皆様にお届けしてまいりました、日健総本社のクロスタニン・ドナリエラを時代に合わせより素晴らしく改良した形の商品がマイクロアルジェコーポレーションから発売されました。」との記載があり、さらに「禅」及び「シオン」の宣伝文句として「価格は同じで粒数が20%増量!」、「禅」の宣伝文句として「過剰摂取が問題になっているリノール酸(ベニバナ油)を、今注目のシソ油(αリノレン酸)に変更!」という記載があった。

(一六) そのほか、被告は、被告傘下の新城市の普及店であった原田大司に対し、「普及店各位」と題する書面(別紙二4の2、甲六の三、甲四の二と同じ)及び「私達は今までと何も変わりません。」と題する書面(別紙二4の3、甲六の四)の各書面を封筒(甲六の一)に入れ、封筒の裏(別紙二4の1、甲六の二)に「甲野社長女性にほけて大変です」「私たちは新会社に変えました」「説明させて頂きたいと思いますので又お電話します」「クロスタニンは今までどうり必要な方にはやります」と手書きし、これを原田の家の郵便受けに入れて配付した。

(一七) また、被告は、田中スミ子ら二、三名に対し、「禅」と「シオン」は、これまで届けてきたクロスタニン、ドナリエラに比べ、粒数が二割増しとなり、中身もよくなっている旨記載した被告名義の手紙(別紙二5、甲七の一)、「知恵の一粒」、「奇蹟の一粒」と題する書面(甲七の二)、「MAC(マイクロ・アルジェコーポレーション)」と題する書面(甲七の三。甲四の三と同じ)、「リノール酸は必須脂肪酸だが、過剰摂取は逆効果。」との見出しの記事のコピーに「クロスタニンの油」と手書きした文書(別紙二6、甲七の四)を配付した。

2  右に認定した各事実を踏まえて、被告の行為の違法性について判断する。

(一) 被告の各文書等の配布先及びその態様

原告が原告商品を誹謗する文書であると主張する別紙二1ないし6の各書面は、前記認定のとおり、いずれも原告傘下の特約店であった被告が、傘下の普及店を集めた勉強会で配付したり、傘下の普及店に個別に配付したものであり、それ以外の第三者に配付することを予定していなかったもので、その配付枚数も多くてそれぞれ五、六〇枚程度であったことが認められるのである。そうすると、本件は、ある健康食品の製造販売組織体系が内部抗争により分裂し、双方が対立する中で互いに相手を非難抗争する過程において対抗上生じたものであって、被告の本件各文書配付行為が社会的許容限度を逸脱しているかどうかは、右同一組織体系内の普及店を基準とし、さらには右のような経緯に思いをいたして判断すべきものである。

そこでこのことを念頭に置いて以下順次検討する。

(二) 本件各文書等の内容の虚偽性

(1) 「すべてはこの一枚の紙切れから始まった」と題する書面(別紙二1、甲四の一)の平成五年五月一七日付け原告代表者名義の「組織、業務その他の改正事項」と題する書面(乙二の一)の文書の加筆されたコメントのうち、原告代表者に関するコメントは、概ね、被告ら特約店、普及店等が信じていた原告のいわゆる「共同体思想」への疑問を投げかけ、その信頼が失われたことの無念さを示したものである。そして、当時、右「組織、業務その他の改正事項」と題する書面が契機となり、原告代表者と後藤専務の対立が激化し、労働組合が結成されるなどの騒動が起こっていたことは前記認定のとおりであり、約三分の二とまではいえないものの相当数の者が原告を退職し、研究室の竹中博士も退社したこと、残っている研究員も退社しそうな者がいたことや原告代表者の女性問題も原告社内、被告ら特約店、普及店で噂となっていたものであり、私的問題について非難するような表現であり適切ではない面もあるが、他面、右書面の送付先はその噂が広がっていた限られた範囲内であるところの傘下の一員に対してのものであり、その文面もその組織の代表者の行動、識見の倫理性を問う表現にもなっていることからすると、各コメントはその主要部分において概ね真実であって、数値等が若干不正確であったとしても、それが虚偽であるとまではいえないものである。

(2) 「普及店各位」と題する書面(別紙二2、甲四の二)の「最近皆さんの所に(株)日健総本社の若い社員さんが、わざわざ岐阜羽島から出向いて一件一件訪問されているようです。」、「基本的には、後藤一俊(元日健総本社専務)氏とマイクロアルジェコーポレーション(MAC)の悪口を言い、皆さんを混乱させる為だそうです。」などの記載内容については、「悪口を言う」などの表現について不適切な表現であるとはいえるものの、当時の状況から、原告社員が個別に訪問し、マック(MAC)製品と対抗する意図で、ある程度強引に宣伝活動を行ったことは容易に推察され、右書面の主要部分は概ね真実であると認められ、証人加納靖弘の証言のうち右認定に反する部分は、信用することができない。

(3) 「より素晴らしくなって登場!『マイクロアルジェ・禅』&『マイクロアルジェ・シオン』」と題する書面(別紙二3、甲五)は被告作成のマック(MAC)の「禅」と「シオン」を紹介したパンフレットであるところ、「これまで皆様にお届けしてまいりました、日健総本社のクロスタニン・ドナリエラを時代に合わせより素晴らしく改良した形の商品がマイクロアルジェコーポレーションから発売されました。」との記載があり、さらに「禅」及び「シオン」の宣伝文句として「価格は同じで粒数が20%増量!」、「禅」の宣伝文句として「過剰摂取が問題になっているリノール酸(ベニバナ油)を、今注目のシソ油(αリノレン酸)に変更!」との記載があるが、二〇%増量、リノール酸(ベニバナ油)を、今注目のシソ油(αリノレン酸)に変更したというのは事実であり、虚偽ではない。「過剰摂取が問題となっているリノール酸」の記載部分も当時の学会の研究に基づくものであって、虚偽とはいえない。そうすると、原告のクロスタニン及びドナリエラと比較している点が問題となるが、右文書の表現程度は、いわゆる比較広告として社会的に許容される範囲内にあるというべきである。

また、原告は、雑誌「UTAN」一九九四年三月号の特集記事のコピー(別紙二7、甲二一の二)及び「リノール酸は必須脂肪酸だが、過剰摂取は逆効果。」と題する文書の中ほどに「クロスタニン」と手書きした文書(別紙二8、甲二一の三)を被告グループに所属する普及店に配布して原告商品を誹謗した旨主張するが、右のとおり、原、被告両商品の比較に違法性がないうえに、被告が傘下の普及店である小林芳雄に右各書面や文書を配付したと認めるに足る証拠もない。

(4) 被告が原田大司の郵便受けに入れた封筒の裏(別紙二4の1、甲六の二)の「甲野社長女性にほけて大変です」「私たちは新会社に変えました」との記載につき検討するに、まず、被告が新会社であるマック(MAC)の側についていこうとしたのは事実である。そして、原告代表者の女性問題も、前記(1)説示のとおりであり、右のような記載が違法なものであったとまではいえない。

右封筒の中に入れられていた「私達は、今までと何も変わりません。」と題する書面(別紙二4の3、甲六の四。甲四の四と同じ)の「(有)愛康は、この度マイクロアルジェコーポレーション(MAC)の特約店となりました。それは、私達がこれまでの一〇年間信じ続けて来たことを、これからも信じ続けて行きたいから、皆さんにお伝えして来た信念を曲げられないからです。これまでの理念と方針を突然曲げた信頼出来ない人達から離れ、私達の会社としてスタートしました。」との記載については、被告がマック(MAC)の特約店となったのは事実であり、その他の部分は、被告の原告に対する失望、無念さが表明されているに止まり、原告を中傷・誹謗するものとは認められない。

(5) 被告が田中スミ子ら二、三名に対し配布した被告名義の手紙(別紙二5、甲七の一)の「新しい商品のご紹介をしたいと思います。マイクロアルジェ『禅』とマイクロアルジェ『シオン』です。これまでお届けしてまいりましたクロスタニン・ドナリエラに比べ、皆さまによりお求めやすくなりました。まず粒数が六〇粒多くなり、今までのクロスタニン・ドナリエラの二割増となりました。もちろん中身もより良くなっております。」との記載につき、粒数が六〇粒多くなり、原告のクロスタニン・ドナリエラの二割増となったことは事実であり、原告のクロスタニン及びドナリエラと比較している点も、この程度は、いわゆる比較広告として社会的に許容される範囲内にあるというべきである。

(6) 「リノール酸は必須脂肪酸だが、過剰摂取は逆効果。」との見出しの記事のコピーに「クロスタニンの油」と手書きした文書(別紙二6、甲七の四)、「リノール酸は必須脂肪酸だが、過剰摂取は逆効果。」と題する文書の中ほどに「クロスタニン」と手書きした文書(別紙二8、甲二一の三。手書き部分以外は甲七の四と同じ)並びに雑誌「UTAN」一九九四年三月号の特集記事のコピー(別紙二7、甲二一の二)の一一五頁及び一一七頁の各「クロスタニン」という手書きの記載について、当時リノール酸の過剰摂取に注意が喚起され、相対的にαリノレン酸の摂取が奨励されたことは、証拠(乙二五、四五)により認められ、原告製品の成分についてもベニバナ油等の形でリノール酸が入っていることは証拠(証人加納靖弘)により認められる。そうすると、原告製品のクロスタニンと比較している点が問題となるが、右は当時の研究の結果の指摘に、原告製品名を加えたに止まっているのであり、いわゆる比較広告として社会的に許容される範囲内にあるというべきである。

(三) 本件各文書等配付の目的及び動機

被告が本件各書面若しくは文書を配布したのは、被告が新会社マック(MAC)の側についていくにあたり、自已の傘下の普及店を繋ぎ止める意図で本件各文書を勉強会などで配付したり、個別に配付したものであるが、これは、右(一)、(二)で説示したとおり、自己の利益、組織を守るために、原告側に対抗して行ったものであって、その目的及び動機において違法なものとはいえないものである。

(四) 以上の次第であって、本件各文書等の内容はその主要な部分において概ね真実というべきであって、虚偽とまでは認められない。しかも、本件各文書は、原告の内部紛争により、新会社が設立され、原告傘下の特約店であったが新会社の側についていこうとした被告により、傘下の普及店ないし販売組織に限定して配付されたものであるから、本件配付行為は、その目的及び態様において社会通念上正当な企業活動及び自由競争の範囲内の行為であるというべきであり、これを逸脱した社会的に許されない行為であるとまでは認めることができない。

(五) 被告代表者の架電行為

当時、原告代表者と後藤専務の対立が激化していたことは前記認定のとおりであり、後藤専務の思想等に理解を示していた被告代表者が後藤専務や労働組合を擁護する内容の電話をかけたとしても、「九州の人は社長側であろうけれども、名古屋は専務側についている人も多い。後藤専務がいないと日健はつぶれる」程度の内容は、社会的に許容される範囲内に止まり、不法行為を構成するものではないというべきである。

三  結論

よって、被告の本件各文書等配付行為及び被告代表者の架電行為は、不正競争防止法所定の営業誹謗行為に該当するとは認められず、不法行為に該当するとも認められないから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官大津卓也 裁判官遠藤俊郎 裁判官音川典子)

別紙一 物件目録〈省略〉

別紙二1〜8 〈省略〉

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